Column,  ネパール

私はあの日、なぜ再びネパールを目指したのか【Nepal Column】

こんにちは、Ramroです。今回は、昔のことを振り返ります。2015年10月、私はネパール大地震の半年後、2年ぶりにネパールを訪れました。

今でこそネパールにはまっていますが、2013年に初めて訪れたときは印象も薄く、「インドよりは安全」というイメージが残るだけでした。

なぜあの日、私はネパールを再び目指したのか。当時の気持ちや理由を振り返ってみました。

※別のブログに掲載していた文章を加筆修正し、コラムとして編集しなおしました。

プロローグ

どんな街でも、その土地に呼ばれなければそこを訪れることは難しいと思う。自分が行きたいだけではなく、訪れる意味や呼ばれる訳が少なからず旅には存在する、と私は信じている。

ふいに訪れた長期休暇。私は、旅に出た。約2年半ぶりにネパールに足を踏み入れた。2015年4月25日の大地震以降、崩れたダルバール広場が頭に焼き付き、街のことがずっと気になっていたからだ。自分の目で現状を見たい。そして、文字に記したい。その2つが旅の途中目的だった。

初めてネパールを訪れた日

なぜ、ネパールなのか。それは、ネパールに初めて訪れたときまで遡る。フィリピン留学後、インド、ネパールを旅した。3週間インドに滞在し、帰国1週間前にダージリンから陸路でカトマンズを目指した。ネパールを選んだのは、航空券が安かったから。行きたい場所やりたいことがあるわけではなかった。

インドは言わずもがな、気が抜けない国だ。特に女性の1人旅には必ず危険が潜んでいる。インドにいるときはずっと、たとえ日本語で話しかけられようが韓国人だと答えていた。日本人と言うとなめられるし、しつこい。だから常に、お金なんてもっていない、英語もわからないから近寄らないでくれとあしらっていた。 

インドのボーダーを無事に越えて、ネパールの国境の街カカルビッタに入った。いつも通り、客引きが「カトマンズまでのバスを探しているんだろう?」と声を掛けてきた。事前に値段を調べていなかったし、どうせふっかけてくるんだろうと私は予備金の存在を伏せて、「手持ちは帰国までにこれしかない。でもグレードの高いバスに乗りたい」と駄々をこねた。

「そんな値段じゃ、あの汚いバスしか乗れないよ」

 ネパール人の青年は30歳くらい。ワイシャツにストライプのパンツを履いていて、インド系に見えた。私の無謀な申し出に困った顔をして「そんな値段じゃ、あの汚いバスしか乗れないよ」と言って、私をそのバスに連れて行った。

それはローカルバスで、それ相応の古さ。もう一押ししてみよう。「でも、これしかお金がないんだ。どうしよう」と、困った顔をしてみた。

すると彼は、「OK。わかった。ちょっと待ってくれ」と言って私をオフィスに連れていった。そして、スタッフと少し相談した後で、「あなたの手持ちで乗れるのは、最初のバスだ。でも、君が困っているのはよくわかった。特別にその値段でグレートの高いバスにするけど、誰にも言わないでほしい」と言った。彼はもう一度私が乗るバスへ行き、「これでいいね?」と確認した。 

騙されるか、騙すか

よくある手だ、と私は思った。多少は騙されているかもしれないけど、少しでも安く乗れるならいいかと、満面の笑みでお礼を言った。 

彼らはお金がなくて食事ができないだろうからと近くの商店に連れて行き、チャウチャウと呼ばれるヌードルを食べさせてくれた。ちょっと辛くて、卵が入っていて、すごく体にしみた。

そして、「ネットを使いたいだろう?」とオフィスのWifiパスワードを教えてくれて、発車の時間が近づいたら荷物をバスまで運んでくれた。発車すると同時に大きく手を振り、「よい旅を!」と送り出してくれた。 バス停を出るまでの間、彼は私の乗ったバスを見送ってくれた。

私の少なからずある良心が痛み始めたのは、カトマンズ到着後、タメルまでのタクシーをシェアしたアイルランド人と話していた時だった。彼女はたまたま同じバスに乗っていて、話の流れでどうやってバスを見つけたのか聞かれた。

彼女は、私のチケットの値段を聞いて信じられないと少し怒っていた。「そんな値段じゃ乗れないわ。私はあなたの倍支払ったわ」。 

自分の良心を癒すためだけに

帰国して数年が経っても、私の良心は痛んだままだった。騙されるのは、騙すよりも楽だと知った。心のどこかがずっと、モヤモヤしていた。 そして、大地震が起きて、彼らの顔が頭をよぎった。元気だろうか、無事だっただろうか。

だから私は、自分の目で街の姿を見たい――とネパールを目指した。それは、自分の中に渦巻いていた罪悪感を晴らしたいという、ただの自己満足に過ぎない。でも、「私は行かなければいけない」という使命感にかられていた。

訪れることが償いになればいい、現地にお金を落とすことでプラスになればいい、それが2015年の旅の本当の目的だった。

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旅のはじまりはバンコク